【Swim History Series 6】自主性が生んだ結果と2回目の挫折の乗り越え方
今回からは前回の中学生のHistoryから高校生のHistoryとなります。
中学生の時と比べ、さらに自主性が生まれるとともに、水泳人生2回目の挫折とどう向き合うのかを綴っていければと思います。
前回の中学生のBLOGはこちら【Swim History Series 5】中学で出会う水泳の新しい楽しさと自主性
高校生となったYuki青年は中学生時代の結果を踏まえ、周囲からは滋賀県高校生ルーキーとして注目されるようになっていました。
もちろん上には尊敬する先輩方が名を連ねていらし、私も負けじとくらいついていく覚悟を持って高校1年目を迎えました。
1年目からインターハイ出場と決勝進出を目標に、自ずと練習にも自主性が生まれ、生活の空き時間も水泳のことを考え、自宅での自主トレも積極的に行うようになっていました。
この頃から、単に記録を比較するだけでなく、先輩後輩問わず、各選手の得意種目や強み弱みを感じながら自分の強みを伸ばす努力を初めていました。
50mと100mの自由形を専門としていたYuki青年はその同じ種目の中で自身のレーススタイルを確立していきました。
Yuki青年はスタートからの浮き上がりやスプリントに自信があったため、50mでのスピードを伸ばすことで100mのレースへも生かしていく戦略をつくりました。
そして、後半が苦手、ばて易い性質から、
■50mのレースでは前半を押さえて後半に持続する落ち着いたレース運び
■100mではスプリンド能力を生かして前半は楽に早く入る練習をして後半耐えるレース運び
を考えました。
結果、長水路で50m自由形24-6、100m自由形54-4でともに1年生の近畿大会では予選からインターハイの制限記録を突破し、50m自由形の決勝では3位に入賞、インターハイでは惜しくも決勝は逃すも、ジュニアオリンピックでは決勝7位入賞となりました。
この年の国民体育大会(現国スポ)では1年生ながら滋賀県代表としての200m混合リレーへ選抜いただき1泳としてナショナルタイムや所属スイミングスクールの認定強化選手まであと少し迫るタイムとなりました。
反省と修正を実施し、この年の年度末の春季ジュニアオリンピックでは、50m自由形で23-8を出し所属スイミングスクールの認定強化選手となりました。
しかしながら、高校2年生の春に足首をケガ。
伸び悩み、だんだんと得意のスプリント能力も落ちていきました。
悩む日々の中、今自分に何ができるだろうかと思案し、スプリンターながら中長距離のレースにエントリーし、筋持久力の強化に努めることにしました。多くのキックが必要となる短距離に比べてキックをセーブできることや同時に腕や心肺機能を強化できる点からこの決断に至りました。この頃から、マイナスをあらゆる角度から観察し、プラスに変える思考が芽生えたのではと感じています。
結果、ケガが治る高校2年生の夏ころには、1年生のころと同じく夏季ジュニアオリンピックでは決勝に進出し2年生の3月、年度末の春季ジュニアオリンピックでは高校生の時に初めて日本選手権(JAPAN SWIM)兼 世界選手権代表選考会への切符を手にすることができました。
高校3年生では上記の日本選手権への出場に加え、様々な経験をさせていただきました。
長崎インターハイの50m自由形の予選でゴーグルが外れるアクシデントが発生するも、涙を堪えてちゃんぽんを食べ、次の100mでは気持ちを立て直し53-3の自己ベストで夏を終え、滋賀県代表として国体出場をいたしました。
激動の3年間をこのBLOGに書き切ることは難しいですが、この高校3年間は水泳での自主性が生まれ、挫折を経験するもそこで自身で試行錯誤をすることを覚え、そこからさらに這い上がって結果を導き出すことを体験、経験できたことが何より水泳を通じた人生の糧だと考えています。
次回、大学へ進学したYuki青年のお話が競泳競技人生において最後のストーリーとなります。
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