【Swim History Series 7】大学生活と競泳人生との区切り

Yuki青年は大学へ進学し、水泳部へ所属しました。

高校まで所属していたスクールから離れ、練習は大学のプールで行っていました。

所謂、体育会に所属し、1年目から上下関係や社会性を学ばせていただきながら、日々水泳に向き合っていました。

ウエイトトレーニングにも励み、身体も大きく泳ぎもダイナミックになっていきました。

大学1回生は環境の変化や一人暮らしに少しずつ慣れながら、関西学生選手権や日本学生選手権(インターカレッジ:通称インカレ)に出場させていただきました。

大学2回生では、関西学生選手権での表彰台を目標に練習に取り組む中、まさかのアクシデントに見舞われ、一時は競技から離れることとなります。

この時は、水泳が今後も続けることができるなどとは思いもせず、ただ、復調を信じて毎日を過ごす日々となりました。

少しずつのリハビリを通じて、プールに入水することができるようになりましたが、最初はプールで歩くことが中心でした。

悲しさや辛さもありましたが、なぜか、アクシデントを無事に乗り越えてリハビリをしている時の自分はとても前向きで希望に満ちていました。

そして、今まで以上に水泳を楽しみ、ありがたい気持ちを持ちながらスイム練習やトレーニングに向き合えるようになっていました。

大学2回生の秋からリハビリをはじめ、冬には徐々にトレーニングの負荷も増やせるようになっていました。

迎えた大学3回生の夏、関西学生選手権で50m自由形で2位、100m自由形で3位に入り、大学選抜のグアム合宿にも参加させていただくことができました。

国民体育大会(現、国スポ)へも滋賀県代表として出場させていただきました。

迎えた大学最終学年である大学4回生の関西学生選手権では100m自由形で3位と2冠はならずでしたが、50m自由形で優勝することができました。

最後の日本学生選手権では、右肩の故障から100m自由形は棄権し、レースは50m自由形のみで終わりました。最後のインカレでの決勝進出はなりませんでしたが、競技者としては紆余曲折を経て、やり切った感がありましたが、なぜか水泳とはこれで終わりという気持ちはありませんでした。

私自身が歩んできた人生の中に、あまりにも水泳が自然なものであったために、競技を離れたこれから先の人生においても水泳は切っても切れない存在であろうと感じていたのかもしれません。

こうして私の競泳人生は大学までで終了となりましたが、水泳はいつも身近な存在としてあり続けることとなります。

これまで、未就学からの水泳との出会い~学生時代の競泳との関わりについてSwim Historyと題し振り返ってまいりました。

次回のテーマは 「社会人となったあとの水泳との関わり」 についてまた合間を縫って書き綴ってみたいと思います。

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